メディアはなぜ左傾化するのか・・・
先週は再び雨の日が増えて、奈良での定例ゴルフが3回連続で中止になった。
雨の日に大阪でやる事といえば、ジムで運動したり、夜はNetflixやAmazon Primeで映画を観ることが多い。
しかし先月、後発白内障の手術をしてから、目がよく見えるようになり、再び本も読む気になった。
今日の「ブログ」は、日頃から疑問に思い、興味あるタイトルの本をネットで見つけたので、先週Amazonで購入した。
ただ本の中身は、新聞記者であった著者の取材記録や苦労話が中心で、少々期待ハズレだった。
なので、以下のまえがきだけで十分だったかもしれない。
本の帯、まえがぎの解説をそのまま紹介すると「大学時代から過激な学生運動に身を投じ、メディア業界に進み、そうした人々が幹部になり、採用を担当する立場になり、また新しい人材が供給される。自分たちのイデオロギーの邪魔になるものは、極力、国民の目に触れさせないと言うドグマがあるのだ。これが報道機関の果たすべき役割だろうか。右だろうが左だろうが、事実の前には謙虚になるべきではないだろうか」
なるほど、私より少し前の団塊の世代の話のようだが、新聞名を挙げなくてもどこか分かるし、私にとっては新しい視点で、納得の理由であった。
イデオロギーや個人の信条が、事実より優先されて記事になるとすれば、これは由々しきことであるが、それが今のメディアの現実なんだろうか・・・。
もちろん全てそうだとは思わないが、言われてみればそうかもしれないと、思い当たる節はたくさんある。
私は過去の「ブログ」で触れた気もするが、朝日新聞が左派思想紙である理由の一つに、第二次世界大戦中、大本営発表を1番積極的に国民に伝えたことから、罪滅ぼしの意味を含め反省からの方針転換だと思っていたが、こんな理由があったとは知らなかった。
もちろん今は、弱者に寄り添うメディアとしての姿勢を示すこともあるだろうが・・・。
私は今は基本保守だが、子供の頃は親が朝日新聞を購読していたこともあり、かなりの左派思想の持ち主だった。
「南京への道」や「殺される側の論理」など、本田勝一の本もたくさん読んで、結構彼の影響も受け、自虐史の歴史観にも納得していた。
しかし社会人になって、徐々に自分の頭で物事を考え、判断するようになってから、少しずつ左派思想から抜け出した。
右派と左派の一番大きな違いは、国防に対する考え方だろう。
私も憲法改正や、自衛隊に対する考え方が、左派の人とは決定的に違う。
私の考え方が大きく変わったのは、長い海外生活も影響しているはずで、国、人種や宗教によって、全くモノの考え方が違うことを体で学んだ。
なので抑止力も持たず、何でも話し合いや外交で決着がつくと思う人は、頭の中がお花畑で甘いと思う。
平和を維持するには、好む好まないに関わらず、抑止力は絶対必要である。
とはいえ、今の自民党は酷すぎるし、維新や国民も人材不足、共産党と組む立憲民主は党内で意見統一も出来ず、論外だ。
支持したい政党がほぼない状態で、本当に困ったもんである。
私は自民党に変わる、新たな保守勢力の台頭に期待しているが、これも当分は無理かもしれない。
久しぶりに、こんな話を始めると止まらなくなったので、最後に楽しい話題で今日の「ブログ」を締めたい。
昨日は、今一番気に入ってる大阪市内の日本料理店で昼会席を・・・。
最初の訪問は夜だったが、年齢のせいもあって最後まで食べ切れず、2回目からは夜の会席はやめて昼会席に変更した。

料理はもちろん器や盛り付け、演出含め全てに申し分なく、美味しい日本料理を食べると、鬱陶しい梅雨どきでも元気になれます。